【壮絶】ロバート・デ・ニーロが行った過酷な役作り 9選【時系列で紹介】

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「カメレオン俳優」この相性で呼ばれているのは、俳優のジャレッド・レトや女優のシャーリーズ・セロンなどがいる。

しかし、実は「カメレオン俳優」と映画業界で呼ばれ始めたきっかけは、大物俳優ロバート・デ・ニーロからだ。

デ・ニーロは現代では考えられない過酷な役作りを何度も経験しており、他の「カメレオン俳優」と呼ばれる人物と比べても、類を見ない過酷な役作りを遂げている。

今回は真のカメレオン俳優であるロバート・デ・ニーロが見せた、過酷な役作りを9つ紹介!

1974年:映画「ゴッドファーザー PART II」の役作りでイタリア語を習得

1974年:映画「ゴッドファーザー PART II」の役作りでイタリア語を習得

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1974年に公開された映画「ゴッドファーザー PART II」で、デ・ニーロは前作に登場した俳優のマーロン・ブランドが演じる、ヴィトー・コルレオーネ役の若い頃を演じた。

デ・ニーロの家族はイタリア系だが、当時の彼はイタリア語を話せず、役作りのためにシチリア訛りのイタリア語を習得する必要があった。

デ・ニーロは映画の役が決まった直後に、イタリアのシチリア島行きのチケットを買い、現地へ飛んだ。

彼はそこで4か月かけて映画のセリフに登場するシチリア訛りのイタリア語を勉強し、俳優マーロン・ブランドの声までもマネできるように特訓している。

もちろんデ・ニーロは映画のセリフ以外のイタリア語は完璧に話せないが、映画では現地の人が驚くほど完璧なシチリア訛りのイタリア語を披露し、オスカーを獲得した。

また、彼は映画の公開後もイタリア語を勉強し続け、2019年の映画「アイリッシュマン」でも、違った方言のイタリア語を披露している。

1976年:映画「タクシードライバー」では実際の業務を体験

1976年:映画「タクシードライバー」では実際の業務を体験

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1976年の映画「タクシードライバー」でデ・ニーロは、彼が演じたトラヴィス・ビックル役と同じように、タクシードライバーとして働いた。

彼はニューヨークにあるタクシー会社に面接へ行き、採用してもらった。

デ・ニーロがタクシー運転手として働いたのは3週間ほどだが、彼は面接や仕事中、映画で演じたトラヴィス・ビックルのような性格や服装をしていたという。

また、映画でトラヴィス・ビックルが不眠症だったように、デ・ニーロも不眠症になるよに自身で仕向けていた。

1978年:映画「ディア・ハンター」では物語の舞台となった地に偽名で住む

1978年:映画「ディア・ハンター」では物語の舞台となった地に偽名で住む

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1978年の映画「ディア・ハンター」で、デ・ニーロは映画の主人公マイケル役が決まった直後に、映画でマイケルが住むペンシルベニア州のピッツバーグへと飛んだ。

彼は既に名が知れる俳優だったことから、偽名で家を借り、俳優とは思えないような汚い服を着て生活している。

デ・ニーロは役作りでピッツバーグに住んでいる人の思考なども知る必要があったため、自ら地元のバーなどに出向いた。

また、映画でマイケルがピッツバーグの製鉄所(せいてつじょ)で働いていたように、自身も偽名のまま現地の製鉄所で働こうとした。

しかし、会社の面接で自身が偽名を使用していることがバレてしまい、不採用となってしまった。

1980年:映画「レイジング・ブル」では27 kgの増量

1980年:映画「レイジング・ブル」では27 kgの増量

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1980年の映画「レイジング・ブル」では実在のボクサーである、ジェイク・ラモッタを演じるため、デ・ニーロは数か月かけて27 kgの増量をした。

彼はジェイク・ラモッタの「喋り方・口癖・怒った時の行動パターン」までも把握し、完璧な役作りを実現させている。

デ・ニーロはボクシングジムへも毎日通い、数か月でプロテストをも合格できるような実力を付けた。

また、撮影が終了したと同時に1981年公開の映画「告白」の撮影も決まっていたため、短期間で筋肉質な体形からやせ型の体形へと戻している。

1984年:映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」ではユダヤ人の家庭にホームステイ

1984年:映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」ではユダヤ人の家庭にホームステイ

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1984年の映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」では、ユダヤ人の主人公であるヌードルスを演じた。

デ・ニーロは実際の「ユダヤ人」を演じるため、自身が俳優であると気づかれないように、他国で英語があまり話せないユダヤ人の家庭にホームステイした。

そこでデ・ニーロは、ユダヤ教の教えなどを怠ることなく全てを勉強し、ユダヤ人が集まる教会までも頻繁に行った。

しかし、最終的にアメリカ映画のファンによって、デ・ニーロは俳優であることがバレてしまう。

その後、彼はホームステイを終了しアメリカへ戻ったが、「役作りのために宗教を偽るのはいかがなものか」などの批判が寄せられた。

1987年:映画「アンタッチャブル」では顔だけを太らせた

1987年:映画「アンタッチャブル」では顔だけを太らせた

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1987年の映画「アンタッチャブル」で、デ・ニーロは実在のマフィアである、アル・カポネの役を演じた。

実際のアル・カポネは小太りの体形であったため、デ・ニーロも体重を増やす必要があった。

しかし、彼には映画「ミッドナイト・ラン」の撮影も迫っていたため、体全体を太らせるのではなく、顔だけを丸く太らせるようにした。

デ・ニーロは増量のためにとにかく甘いお菓子などを食べていたのだが、同時にコルセットなどで体をきつく締め、本来の体形が変わらないようにしている。

さすがにデ・ニーロ自身もこの方法はかなり過酷だったようで、「もう2度とやらない」と当時のインタビューで答えた。

1988年:映画「ミッドナイト・ラン」では実在の賞金稼ぎと行動

1988年:映画「ミッドナイト・ラン」では実在の賞金稼ぎと行動

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1988年の映画「ミッドナイト・ラン」では賞金稼ぎの役を演じるため、監督のマーティン・ブレストと共に、実際の賞金稼ぎと行動した。

その際、デ・ニーロは本物の現場で賞金稼ぎと共に、調査や長時間の張り込みをし、お尋ね者(犯罪者)の捕獲なども経験している。

映画が公開された当時は「俳優を危険な状況にさらした」という監督への批判を回避するため、デ・ニーロは「捕獲は危ないから見学のみだった」と答えた。

しかし、実際は賞金稼ぎから習った捕獲方法を実践しており、その際にお尋ね者(犯罪者)から射殺されそうになったことも後に語っている。

1991年:映画「ケープ・フィアー」では歯並びを悪くし、それを直した

1991年:映画「ケープ・フィアー」では歯並びを悪くし、それを直した

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1991年の映画「ケープ・フィアー」では、凶悪な暴行魔であるマックス・ケイディ役を演じるため、実際の犯罪者などと刑務所で会話をして研究した。

当時デ・ニーロの歯並びはキレイだったが、映画の脚本に書かれているような「悪い歯並び」にするため、歯医者に約53万円を支払っている。

歯並びを悪くするという行為は歯医者にとっても初めての経験であり、デ・ニーロ自身も歯並びを悪くした後は激痛で数日は口を開けるのも困難だったという。

映画の撮影が終わった後、彼は歯並びを元に戻すように頼んだが、短期間で何度も歯並びを変えるのは危険と判断された。

そのため、デ・ニーロは合計で約213万円の治療費を払い、長期間かけて歯並びを元に戻した。

2012年:映画「ロバート・デ・ニーロ エグザイル」ではホームレス施設へ潜入

2012年:映画「ロバート・デ・ニーロ エグザイル」ではホームレス施設へ潜入

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2012年の映画「ロバート・デ・ニーロ エグザイル」で、デ・ニーロはホームレスの役を演じた。

役作りの際、デ・ニーロは実際のホームレス施設へと潜入したが、大物俳優ということもありすぐに正体がバレてしまう。

しかし、彼は諦めることなく何度も違うホームレス施設へ行き、彼らが考える物事などを研究し、ホームレスとしての役作りを徹底した。

他にも物乞いなども経験する予定だったらしいが、さすがにバレると確信したため、それは断念している。

ただ、数日ほどスタッフにお願いをしたうえで物乞いをさせ、その際にスタッフが感じたことを聞き、物乞い中の彼の表情なども研究した。

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